神童メニューインが弾くパガニーニのバイオリン協奏曲第1番

(1)例によって長い前置きを許されたい。30年位前まではいわゆるクラシックの名盤推薦を見ると、現代気鋭の演奏者に混じってクライスラーの名が上がっていた。しかし、この偉大な演奏家もさすがに最近は名前が出て来なくなった。ネット上で誰か推薦していないか?などと検索していたら、全くの偶然だが、メニューインが弾くパガニーニが出てきた。何となく聴いてみたら「凄い!」の一言だった。
 私がこの曲を初めて知ったのは、(またか!と言われるかもしれないが)30年くらい前にクライスラーの赤盤復刻を買った際、全く目当てではなかったこの曲が入っていたからである。それはクライスラーが独自に編曲したもので、ゆったりしたテンポで、あまり超絶技巧の見せ場もないが、オーマンディ率いるフィラデルフィアオーケストラの演奏がとてもファンタスティックで、まるでウオルトディズニーの世界を連想させるような素敵な演奏だった。私はこの曲が気に入って、超絶技巧で有名なサルバトーレ・アッカルドの盤を買って聴いてみたりした。結局6番まで全部買った。だから「パガニーニ」に、自然に反応したのである。
 ところが、である。先述したようにこの演奏、とにかく凄い。魂が揺さぶられるような感動的名演なのだ。1934年、メニューイン18歳の時である。何の屈託も疑問もなく、天衣無縫、若さに任せて、この稀代の難曲を弾くまくる。まるでパガニーニが乗り移っているような快演だ。音は良くないが、そんなことは問題外だ。
 私はこのCDが何としても欲しくなって、いろいろ調べてみたが、廃盤になっていた。そこで、音楽好きな(と言うより、私の音楽鑑賞に決定的影響を与えた)兄に、何とか入手できないものか?と尋ねてみたら、「ドイツとイタリアから売りに出ている、760円だ」とのことだった。早速調べると、なるほど売りに出ている。松原事務所の優秀な事務員さんに注文をしてもらおうとした。しかし、注文等の手続きが全部英語で、仮に不備があると英語で遣り取りしなければならず、「購入は難しい」と、言われてしまった。
 万事休すか、と思ったが、諦めきれない私は、ダメ元でヤフーオークションで、「メニューインプレイズパガニーニ」と検索してみた。すると、である。「欲すれば与えられる」という諺があるが、まさにそのとおり。何と、オークションに出ているではないか!私は自分の目を疑うほど驚いた。ひょっとすると、メニュ-インが教えてくれたのかもしれない。早速入札して、その日のうちに落札した。午前に入札したのだが、送信ボタンを押し忘れていたらしく、午後になってそれに気づき、改めて送信ボタンを押したときは入札価格が下がっていて、これもラッキーだった。
 七月末に出品者の方から丁寧且つ見事な書体で宛先が書かれたCDが送られてきた。早速聴いてみた。大音量で聴くと、パソコンで聴いた時より若干音の堅さが出てくるが、そんなことは全くこの演奏の素晴らしさを邪魔しない。毎日聴いている。休日などは、朝聴き、夕方聴き、夜も聴いている。
(2)長年CDを聴いていると、何年かに一度、素晴らしい名演に巡り会う幸運がある。今まで聴いた中で、感動的名演を何枚か挙げてみよう。順不同で。
 アルテュール・グルミオーとクララ・ハスキル モーツアルト バイオリンソナタ
 ジネット・ヌブー ブラームス バイオリン協奏曲
  クリスティーヌ・ワレフスカ ハイドン チェロ協奏曲第2番
 ヨゼフ・スークとスメタナ弦楽四重奏団 モーツアルト弦楽五重奏曲K516
 (ちなみに、フルトヴェングラーバイロイトの第9を挙げるほど私は野暮ではない)
切りが無いので、この辺で止めよう。
(3)メニューインは、(多くの著名な演奏家がそうであるように)、年少から演奏活動を開始し、神童と呼ばれた。私の父親は、私が子供の頃、盛んにメニューインの名を口にしていた。父親世代の超スーパースターだったのであろう。しかし、そのキャリアが円熟して絶頂期の境地になるはずの戦後、彼は長いスランプに陥ってしまったらしい。その原因について、基礎が出来ていなかった、とか、イザイが匙を投げた、などといろいろ言われているが、それらは皆、凡百の後講釈(アトコウシャク)に過ぎないと私は考える。あの素晴らしい快演を聴けば、誰もが納得する筈だ。メニューインのスランプはメニューインしか分かるはずがない。ただ彼はフルトヴェングラーを擁護したので、それまで彼を持てはやしていたアメリカのマスコミが手のひらを返したのではなかろうか?そうだとしたら随分気の毒な人だ。
 しかし、メニューインの颯爽とした名演は永久に残っているのである。これを機会に彼の演奏を聴いてみたい。
 最後にこのCDを大事に保存し、そして出品してくれた方にこの場を借りて厚くお礼
を言いたい。